行政マンのダウン症育児日記(27:2006/10/19記)

環境の変化で成長しました

 

 月曜日の朝、ここは川崎アゼリア地下街の、とある喫茶店。新しい週が始まって、道行く人々の様子にも活力が感じられる。9月も半ばにもなれば、夏休み気分もだいぶ薄らいでいる。まだ十分に暑いのだけれども、みんな仕事モードですねえ。時計の針は9時を回った。しかし、席を立つ気分にはとてもならない。30分遅刻も、1時間遅刻もそう変わりはしない。もうしばらくこうしていよう。歩との二人暮らしをはじめて10日が過ぎた。まだ大学生の弟が手伝いにきてくれているのでだいぶ助かっているのだが、それでもやっぱり大変だ。特にこの週末は完全に歩と二人っきりだったから、解放感も格別。何しろ、大人とのまともな会話がほとんどない二日間だったのだから。

 土曜日はドライブで練馬の実家に行きトイザラスでおもちゃを買い、日曜日は買ってきたプラレールを部屋いっぱいに広げて遊んだ。自分の幼少時代に遊んだおもちゃで、子どもといっしょに遊べるのは、子育ての醍醐味のひとつだと思う。思わず童心に帰って、歩よりパパのほうが真剣になってしまう。
 プラレールは昔からある電車のおもちゃで、プラスチックでできた青いレールの上を電池で動く列車を走らせる。レールの形はさまざまで、分岐や勾配、立体交差や駅、踏切などがあり、組み合わせ次第で自由に組み立てられる。機関車と山手線を並走させてみたり、東海道新幹線山形新幹線を立体交差させてみることもできる。あれこれ考えながらレールを組んでいると、あっという間に時間が過ぎていくというわけだ。でも、歩の楽しみ方はちょっと違っていて、出来上がった線路を片っ端から壊してみたり、レールのパーツを投げ飛ばしたりして遊んでいる。それでも線路が組みあがって、電車が勢いよく走り出すと、「おーっ」と声をあげながら電車を追いかけはじめた。うーん、やっぱりプラレールは楽しいなあ。もっとレールや電車を買い足してこようかしら。
 大地が生まれて、山形の実家で2人も赤ん坊を見るのは大変だろうということで、歩だけつれて帰ってきたけれど、ちょっと強がりが過ぎたかもしれない。「大丈夫だよ、平気平気。直(弟)も手伝ってくれるし。なんとかなるって」なんて、そのときは本当に何とかなると思っていたのだけれど…。シングルマザーって、こんな感じなのかなあ。いや、もっと、もっと、この何倍も苦労があるはずだよな。さあて、そろそろ仕事に行きますか…。

 歩は、大地が生まれるちょうど1ヶ月前に山形に行き、大地が病院から退院後1週間で川崎に帰ってきた。さらに2週間後にはママと大地が川崎に帰ってきたので、歩にとってこの夏は環境の変化の非常に激しいものになった。
 歩の周りにいる大人たちの顔ぶれもときどきで変わった。山形では、おばあちゃんといっしょに過ごす時間が格段に増え、次いで親戚のおばさん、さらには近所の保育園にもお世話になった(ママの入院期間中)。川崎に帰ってきてからは直兄ちゃん(直おじさん?)に保育園の送り迎えをしてもらい、とっても仲良くなった。そしてついに弟、大地君との4人暮らしが始まったのである。
 この夏で、歩は大きく成長した。
 意思表示がはっきりしてきて「ほしい」「やりたい」と、「イヤだ」を正確に伝えてくるようになった。そして大人の顔色を見ることを覚えた。何か気に入らないことがあると、大きな声を出して泣き真似をする。本当に泣いているのかしばらく様子を見ていると、顔を隠した両手の隙間からちらりと覗いてきたりする。大人が怒っているのも理解しているようだし、何か頼まれごとをした場合にも(気分が良ければだが)こちらの要望を聞いてくれたりもする。
 そして何より、弟の大地との関係である。ママやパパを取られてしまって淋しくないはずはないのだが、大地の頭をなぜなぜしたり、ときには抱っこさせてほしいとせがんでみたり。もちろん大地が泣き始めて、ママもパパもかまってくれないときはアピールするときもあるのだが、じっと我慢しているときもしばしばだ。きっと自分より小さな弟を、大切な家族のメンバーだとわかっているのだろう。それにしても、幸せそうにおっぱいを飲んでいる大地を見つめながら、唇を噛んでぐっとこらえている歩の表情は、とっても、とってもかわいいのです。兄はつらし。それが年長者の責任というものだ。がんばれ歩。がんばれ、お兄ちゃん!

f:id:hiromappi:20150405153109j:plain