行政マンのダウン症育児日記(29:2006/10/19記)

見えるものと見えないもの

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 和室で大地と遊んでいると、台所から妻の声がした。「しばらく替えてないからオムツがパンパンになってると思う、おねがーい」と、同時に紙オムツが飛んできた。ふうー、しょうがないなあ、ゆっくり腰を上げようとしたそのとき、横からササッと歩がハイハイで飛び出してきた。歩はオムツを手に取ると大地の脇に座り、服に手を掛けた。どうするんだ?と見ていると、股のところのボタンをはずし、大地のオムツを替え始めるではないか。えっ、大地君のオムツを替えてくれるの?。なんともほほえましい光景ではないか。それにしても、他人の世話するくらいならば、まずは自分のオムツの心配をしろっ、と思わず突っ込みましたけどね。

 皆さんは「ニョニョカキ」をご存知だろうか。「ニョニョ柿」ではなくて、たぶん「にょにょ描き」、山形弁で「お絵描き」もしくは「落書き」という意味なんだそうだ。この夏の間に歩はにょにょ描きの楽しさを覚えた。はじめはボールペンとメモ帳を使って遊んでいたのだが、だんだん飽きたらなくなり、ダイナミックになってきた。そこでクレヨンセットと画用紙を買い与え、その後模造紙まで進んだ。歩はにょにょ描きがお気に入りのようで、脇目も振らず真剣に楽しんでいる。この歩のするにょにょ描きを見ていて、いつもは見逃していることに気づかされた。
 一つは、クレヨンを塗りつける場所が、模造紙の中に大体納まっていることだ。クレヨンも模造紙もリビングのフローリングに広げているので、別にそれをはみ出して、もしくは意図的に壁や床に塗りたくることもできるのだが、親に監視されていることもあってか、模造紙の範囲を出ることはない。もちろん目を放した隙ににょにょ描きの範囲が家具にまで及んでいることがあり、あくまでも親の目を意識している場合に限られるのかもしれない。それにしても、「クレヨンとは線を描くもの」「模造紙は自由に描いてよい場所」「そのほかのものは描いてはいけない場所」という、大雑把な理解が歩の頭の中に出来上がりつつあるようだ。それは、何かをしでかしたときに親から飛んでくる「ダメ!」「やめなさい!」の、怒気を含んだ言葉に対する彼の態度からも推し量れる。
 徐々に世の中のルールを学んでいく過程を、歩本人はどんな思いで受け止めているのだろうか。もちろん知る方法はないのだが、そんなことを想像しながら眺める歩のにょにょ描きは、ちょっと味わい深いものがある。

 二つ目は、手にしたものをすぐに口に持っていく習慣が見られなくなったこと。めったなことでは物を口に入れなくなった。実はクレヨンを探すときに、口に入れても危険度の低い「蜜蝋クレヨン」を購入したのだが、それほど心配することではなかったようだ。いつごろ口唇期を脱したのだろうか。記憶をたどっても、ここという時期は思いつかない。あんなになんでも口に持っていた時期が、懐かしくすら思えてしまう。
 子どもが何かを「できる」ようになったことは、それが全く新しい行動として目の前で展開されるため、親の記憶にも鮮明に残る。仮に自分自身の目でその瞬間を見届けることができなくても、妻や、保育園の先生からの伝え聞きによって、情報として入ってくることになる。一方、何かを「しなく」なった場合は、気づかないことが多い。それは大体において問題行動であることが多く、ふとした瞬間にその問題行動にしばらくお目にかかっていないことに気づき、子どもの成長を改めて確認することになる。そしてその「しなく」なった行動については、時に見逃される場合すらあり、たとえ気づいたとしてもかなりの時間が経過した後になるように思う。

 「しなく」なった行動といえばもう一つ、そういえば歩は、保育園を休まなくなった。4月から10月までの半年間で、体調を崩して欠席をした日は一日二日という優秀さだ。めったなことでは熱を出さなくなったし、風邪をもらってくることもめっきり減った。ちょうど一年前の同じ時期に3回も入退院を繰り返していたことを考えると、隔世の感がある。いやー、子どもって強くなるものですねえ。病院で点滴のしずくが落ちるのを見ながら、どちらかが仕事を辞めなければならないかもしれないと、真剣に悩んだ日々がウソのようだ。

 と思っていたら、ちょうど出ました。どーんと派手な、39度2分ってえ高熱が。鼻水も朝から止まらないし、遊んでいてもなんとなく元気がないなあとおでこに手を当ててみたら、熱いこと熱いこと。本人も相当つらい様子で、ここぞとばかりに抱っこして攻撃の嵐だ。今日ばかりは弟への遠慮はまったく感じられない。たまにはこんなことでもないとね、こんなときは我慢しなくてもいいぞ。思いっきり甘えてください、歩くん!きっと弟の手前、たくさん、たくさん我慢していたんだろうから!